東京高等裁判所 昭和60年(ネ)2655号 判決 1986年9月18日
控訴人
伊藤直義
右訴訟代理人弁護士
阿部博
被控訴人
臼井啓二こと
臼井慶治
右訴訟代理人弁護士
岡本駿
高梨徹
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
〔申立〕
(一) 控訴人
「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求める。
(二) 被控訴人
主文第一項同旨の判決を求める。
〔主張及び証拠〕
当事者双方の主張は原判決摘示のとおりであり(ただし、そのうち原判決一枚目裏一〇行目の「本件手形は」の次に「被控訴人によつて満期に支払場所で」を加える。)、証拠に関する事項は記録中の原審及び当審の証拠目録記載のとおりである。
理由
一被控訴人が原判決手形目録記載の手形(以下「本件手形」という。)を所持していること、控訴人が、満期の記載が当時どのようになつていたかの点は別として、右手形に第一裏書人として支払拒絶証書作成義務を免除したうえ裏書をしたこと、右手形が被控訴人によつてその訂正後の満期に支払場所で支払のため呈示されたが支払を拒絶されたことは、当事者間に争いがない。
二そこで、本件手形の満期の記載が控訴人の裏書ののちに変更されたかどうかの点を検討するに、甲第一号証の一の本件手形の表面の記載によれば、本件手形の支払期日欄には年月日を示す59、12、02という数字がいつたん記載されたのち横線で抹消され、その上部に60、12、24という数字が記載されていること、右抹消された部分には振出人欄に押捺されている振出人株式会社ビアンコ・ネロの代表取締役印と同一の印章が押捺されていること、右各日付の数字は同一の日付用ゴム印によつて作出されたと思われる体裁を有することが認められる。
右の事実によれば、本件手形の満期の記載は振出人の意思に基づいて右のとおり訂正されたものと認められるところ、このような場合、いつたん手形が流通に置かれたのちなんらかの理由で振出人のもとに返還されたことを窺わせるような特段の事情が認められない限り、右訂正は振出時にされたものと推定するのが相当である。そして、<証拠>中には、控訴人が裏書したのちの昭和五九年一一月初めごろ振出人株式会社ビアンコ・ネロの代表取締役である荒木憲治か同社の従業員である田中晋介かによつて満期の記載の訂正がされた旨の供述があるが、右供述は、その内容にあいまいな点が多く、殊に右時期に右訂正をした具体的事情については荒木自身知らないと述べているなど極めて不自然であつて措信することができず、他に前記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
以上の次第で、本件手形の満期は控訴人が裏書をした当時既に被控訴人主張のとおり訂正されていたものと認められ、原審における控訴本人尋問の結果中認定に反する部分は措信し難い。
三そうすると、控訴人に対し本件手形金一六〇万円及びこれに対する満期である昭和六〇年一月二四日から支払済みまで手形法所定年六分の割合による利息金の支払を求める本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官中島一郎 裁判官加茂紀久男 裁判官片桐春一)